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どうしてタイミングというのはあるのでしょう?

声がきこえる

なんだかわかる

同じこと思ってた

そうしたいよね

どうしてちょうどよい間というのはあるのでしょう?





わたし、友人をつくるのは苦手で。
正確にいうと世間でいう、友人との付き合い方がわからないのです。
頻繁に連絡を取り合ったり、相談をしたり・・・
そのようにやり取りをする友人はいません。

できるだけひとり、もしくは話さなくとも心地よい方となるべくいたいし。
困ったことの相談は目上の方にアドバイスを求めます。
ですから必然的に同等の関係にならず必要性を感じません。

よく寂しくないの?と聞かれるのだけど、
想う人がいない時は寂しいし、
寝食を共にできる人のいない時は寂しいです。
ですが、それはわたしが思う友人との関係性でクリアすることとは違います。

たまにご飯とお酒をともにする方はいます。
苦楽を共にした仲間を友と呼ぶならいます。
わたしの心をわかってくれる人ならいます。
わたしを諭してくれる厳しい目を向けてくれる人ならいます。
わたしの過去も今も受け入れて見守ってくれる人ならいます。

数は多くはないですがいてくれて有難いです。

彼らとたまに、数ヶ月、数年、何十年ぶりに
タイミングが合い会って顔を見る時、ほっとします。


わたしからの電話やメッセージはいつも一方的で、
しかも頻度も1年に1回電話をすればよい方という感じで、、、
生きているか死んでいるかどこにいるか伝えません。

それでも先日15年以上付き合ってくれている友人からギフトが。

照れくさく、わたしはいつも彼女の前で感情を表現できません。


うれしい 

たのしい

すき

ありがとう


こんな簡単な表現を身体でするのが難しい。

甘えてしまうけど、
こんなそっけなくて、、、でも、許してね っと思っています。

だって、わたしはちゃんと想っているから
外国の方みたく 大げさに伝えようとしなくたって伝わると信じています。

自分勝手だけれど。
微妙な心の動きを感じあえて
永く繋がっていくときにより愛おしい。



数年後も、数十年後も、何十年後も。

きっと弱った時に、危うくみっともない時に、

会いたいと浮かぶ人こそ大切な人だと。


彼女には何も返せないのだけど、
彼女には元気でいてほしいと強く願っているので、
きっと神様もそうしてくれるはずです。


故郷のお茶をいただき 心を向け…

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